それはかなり嬉しいこと

知人なのか友人なのかインターネットなのかよくわからない人と会う。

以下、記憶にあること

・柄シャツなので何処にいるのかすぐにわかる

・(ハーフパンツ&半袖の私を見て)「少年みたい」

・珍しく沈黙

・「私たちは同じ側にいるから言いますが」

・「日記を読んでいるんですけど」

 

彼は私の書いている日記に対して、「日記を読んだ」ではなく「日記を読んでいる」と言った。会う人の予習として日記を”読んだ”のならわかる。”読んでいる”だと恒常的に見られているということではなかろうか。

嬉しいっす。

文章をインターネットに書くきっかけとなった人が私の文章を読んでくれることは嬉しい。たぶん読んでいるのはnote。noteのほうはこれからは少し言葉を選ぶことになるかもしれません。

 

この人と会うたびに、好きとはなにかを考えさせられる。知人、友人、恋人、家族、クラスメイト、郵便屋さん、スーパーの店員さん、誰に対しても、人間への好き嫌いでしかない。人間関係を性別で見たことがあまりないので、女性だから𓏸𓏸男性だから𓏸𓏸といった感覚はなく、すべてが人間という意識だったが、これはあんまりよくないらしい。よくない、らしい。

ひとりの「人間」のことが好きなのか、その人との「関係性」が好きなのか、理想はたったひとつを愛せることだ。その ひとつ があなたなのか自身なのか動物なのか創作なのかは、まだ私にはわからない。