海をゆけ

海外旅行に行ってきた。

場所はオーストラリア・ケアンズ。

なぜそこだったかと聞かれれば、特に理由はない。英語圏で、適度に海外感のある距離で、海が綺麗だった、から。

終始「帰りたい」と思っていた。そう思うということは、今の日本での暮らしが安定している証拠だろう。安定? というか安心できるものか。

 

ひとり旅はしばらくいいや。

この距離がずっと続けばいい。

.*・゚▷.゚・*.

久しぶりに。

 

夜用のプレイリストを久しぶりに聴く。

音楽を聴くと、その音楽を聴いていた過去のことを思い出す。夜のプレイリストは例えば、実家のロフトで眠れずに月夜を眺めていたあの頃。始めたもののだめになってしまった職場を辞めて、東京へ向かう夜行バス。透明に揺らいでいる美しい記憶。

 

今はだめだ。遠くを仰ぐ時間が減ってしまった。手に入らないほうがいいこともある。思い出そうとしても、あの時には戻れない。ただただ、孤独で深く呼吸をしていたあの頃へ。

それはかなり嬉しいこと

知人なのか友人なのかインターネットなのかよくわからない人と会う。

以下、記憶にあること

・柄シャツなので何処にいるのかすぐにわかる

・(ハーフパンツ&半袖の私を見て)「少年みたい」

・珍しく沈黙

・「私たちは同じ側にいるから言いますが」

・「日記を読んでいるんですけど」

 

彼は私の書いている日記に対して、「日記を読んだ」ではなく「日記を読んでいる」と言った。会う人の予習として日記を”読んだ”のならわかる。”読んでいる”だと恒常的に見られているということではなかろうか。

嬉しいっす。

文章をインターネットに書くきっかけとなった人が私の文章を読んでくれることは嬉しい。たぶん読んでいるのはnote。noteのほうはこれからは少し言葉を選ぶことになるかもしれません。

 

この人と会うたびに、好きとはなにかを考えさせられる。知人、友人、恋人、家族、クラスメイト、郵便屋さん、スーパーの店員さん、誰に対しても、人間への好き嫌いでしかない。人間関係を性別で見たことがあまりないので、女性だから𓏸𓏸男性だから𓏸𓏸といった感覚はなく、すべてが人間という意識だったが、これはあんまりよくないらしい。よくない、らしい。

ひとりの「人間」のことが好きなのか、その人との「関係性」が好きなのか、理想はたったひとつを愛せることだ。その ひとつ があなたなのか自身なのか動物なのか創作なのかは、まだ私にはわからない。

 

ノリのオーストラリア

やっちまった〜。

オーストラリアに行くフライト予約を取った。

ノリで。

ノリで⁉︎

フライトは8月。

キャンセルをしても返金対応がないLCCなので、既に「行ったほうがお得」状態なわけだけれど、パスポートの記載変更手続きはまだだし宿も決めていないし帰りのフライトも予約していない。あと言語(英語)も取得していない。今から間に合うか?

幸い、現在契約している携帯プランが海外にも対応しているのでそこの心配はなさそうだ。スマホさえあれば最悪何とかなると思っている。たぶん、何とか。たぶん……。

初めての海外旅行を1人でできるのだろうか。あまりにも唐突に動いた自分に驚いているが、もう、行くしかない。

海は暗くて

きっと来ない誘いを待っているとき、いつも私は大雨の海を思い出す。意味をなさない傘を持ち、その傘はその日泊まったビジネスホテルに置いてきたが、あ、持って帰ってしまえばよかったな、と今は思う。

 

過去と言い切れる、一番美しい思い出。

小さな団扇

最近の日々。

 

①圧倒的に猫が不足している。 はら(腹)をもふもふもふもふもはももふもふもふしたい。

②人間が多すぎる。うるさい。

③ぽぽっと鼻血が垂れた。真っ赤だった。

④他者から影響を受けることのできる人が羨ましい。明るい人は心配になる。

 

全部全部借り物ばかりで、創作って一体なんなんだろうね。